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カラスは頭がいいというのは、みんな知っている。もはや常識といってもいいかもしれない。ゴミにカラスが来ないように何かしかけても、すぐに見破られてしまい、「カラスって頭がいいんだなあ」と実感することも多いだろう。 ①人の思惑がカラスに見抜かれているようで、感心してしまうのである。
 では、「頭がいい」というのは、どういう能力をいうのであろうか。
 人間界では、抜群の記憶力を持つ人を「頭がいいね」なんていう。この点でいえば、鳥は「三歩歩くと忘れる」というくらい記憶力が悪い動物とされる。ところがカラスには、それは当てはまらない。
 宇都宮大学の杉田研究室では、いろいろな実験をしてカラスの能力を調べている。 たとえば、15人の顔写真をった容器のーつだけに、大好物のドックフード(注1) を入れて覚えさせると、100%近い正解率を出す。 しかも三週間ほどブランクを開けても成績はほとんど変わらないというから驚きである。三歩どころか三週間たっても忘れないのだ。しかし、カラスの仲間のマツカケスは一万か所も貯食場所を覚えているのだから、こんなことは 朝飯前なのかもしれない。
 状況を的確に判断して行動する人も、賢いといわれる。カラスはこの点でもすぐれた能力を見せる。
 鳥の子育てを観察するときには、ブラインドと呼ぶ小さなテントを巣の近くに張って身を隠す。そうすればこちらの姿が見えないため、おおかたの鳥は警戒することなく子育ての様子を見せてくれる。
 しかし、カラスにはそうはいかない。渋谷のハシブトガラスの子育てを観察したときは、ほんとうに苦労した。たいていの鳥は、留守中にブラインドに入れば、意外とすぐに巣に戻る。もし、なかなか戻らなければ、 ブラインドにいったん二人入り、一人だけ出る。そうすれば中にはもう人がいないと思って巣に戻る。鳥は算数ができないためである。しかし、この方法でもカラスはだませない。もしかしたら、計算ができるのかもしれない と思ってしまう。このときは②結局、無人カメラ以外では観察ができなかった。的確な状況判断をし、危険を回避する能力がカラスはほかの鳥よりもすぐれているという実例である。
 じつは、カラスのこの能力が研究の障害になっている。鳥の研究は、脚環あしわ(注2)などの目印をつけて個体識別をするのが第一歩である。それにはどうしても捕まえなければならないのだが、カラスの場合、 ③これがままならない。確かに捕獲することはできる。しかし、トラップに入るのはたいていが若鳥で、成鳥が捕まることはほとんどない。成鳥を捕まえて研究するのはまず無理である。 日本有数の鳥の研究者で捕獲の名人といわれる人でも、カラスだけはあきらめたという。
(柴田佳秀『カラスの常識』による)
(注1) ドックフード:犬のえさ、ドッグフード
(注2) 脚環あしわ:1羽1羽見分けるために鳥のあしに付ける輪