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(1)
 人に従順な飼い犬は、もともとオオカミの仲間を飼い馴らしたものである。(中略)
 ところが、「人間がオオカミを飼いらした」という話には謎が多い。犬が人間と暮らすようになったのは、15000年ほど前の 旧石器時代のことであると推測されている。当時の人類にとって、肉食獣にくしょくじゅうは恐るべき敵であった。そんな恐ろしい肉食獣を飼いらすとい う発想を当時の人類が持ち得たのだろうか。しかも犬を飼うということは、犬にエサをやらなければならない。わずかな食糧で暮らしていた人類に、犬を飼うほどの余裕があった のだろうか。また当時の人類は犬がいなくても、狩りをすることができた。犬を必要とする理由はなかったのである。
 最近の研究では、人間が犬を必要としたのではなく、犬の方から人間を求めて寄り添ってきたと考えられている。犬の祖先となったとされる弱いオオカミたちは、群れの中での 順位が低く、食べ物も十分ではない。そこで、人間に近づき、食べ残しをあさるようになったのではないかと考えられているのである。
 弱いオオカミだけでは、狩りをすることができないが、人間の手助けをすることはできる。そして、やがて人間と犬とが共に狩りをするようになったと推察されている。こう考 えると、当時、自然界の中で強い存在となりつつあった人間に寄り添うことは、犬にとって得なことが多かった。つまり、人間が犬を利用したのではなく、犬が人間を利用したか もしれないのである。
(稲垣栄洋『弱者の戦略』新潮社による)