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「話し言葉」の最も重要な特徴は、声を使うところにあるのではなく、聞き手が目の前にいるというところにあります。話し手と聞き手は、親しい関係の場合もあれば、初対面の人、 行きずりの人(注1)の場合もありますが、少なくとも両者は、そこがどんな場所で、どんな状況であるかについて、一定の共通認識(注2)を持っています。同時に、相手がどういう人で あるかについても、ある程度はわかります。(中略)
ところが「書き言葉」になると、たとえ親しい相手への手紙でも、あちこちで説明が必要になります。自分しか読まないはずの覚え書きでも、時間がたつと書かれた状況がわか らなくなりますから、「あとで読み返すかもしれない自分」への最低限の配慮(注3)はしておかなくてはなりません。説明するというのは、「自分には言葉にしなくてもわかっているこ と」を、わざわざ言葉にする作業ですから、とてもやっかいです。でも、そこがきちんとできていないと、誤解が生じて取り返しのつかない(注4)結果になることもありえます。 面とむかって(注5)の話なら、相手が気を悪くすれば急いで謝ることもできますが、手紙だと、怒らせたことに気づかないまま関係が切れる恐れすらあるのです。ですから、「書き言葉」においては、文字の読み書きという知識に加えて、自分が書いたものを読む相手がどんな情報を必要としているかを推測する(注6)力、そして、その情報を、 どんな言い方、どんな順序で提供すれば、わかってもらいやすく、誤解が生じにくいかを考える力が、いかに(注7)大きな意味を持つかがわかっていただけると思います。
(脇明子『読む力が未来をひらく小学生への読書支援』岩波書店による)
(注1)行きずりの人: たまたま出会った人(注2)認識: 理解
(注3)配慮: 気配り
(注4)取り返しのつかない: もとに戻せず大変な
(注5)面とむかって: 対面して
(注6)推測する: ここでは、想像する
(注7)いかに: どんなに